TRICK or SWEET(前編)
著者:shauna


 序
何にでも・・・どんなことにでも・・・
始まりというモノがある。
そして、有栖川瑛琶(ありすがわてるは)にとってその始まりというのは
一本のDVDだった。


高い空は蒼く蒼く、大地にはそろそろ茶色になった落ち葉舞う彩桜学園にはある一人の少女が通っている。
有栖川瑛琶(アリスガワテルハ)。
 成績優秀、だけど、体が弱くてスポーツはできない。校則ギリギリの長い髪と普段から物静かで、深窓の美少女という肩書が最もよく似合う少女だ。
 そして、その日の昼休みも彼女は立ち入り禁止の屋上で日光浴をしながら文庫本を読んでいた。
 背中合わせに一人の男子生徒に寄り掛かりながら・・・・
 昼休みということもあり、片手に菓子パンを持ってそれを口に運びながら空を眺める少年。
 すべてが平均値の男子生徒。しかし、どこか印象に残る優しげな少年だった。
 彼の名前は楠木明(クスキアキラ)という。
 「有栖川・・・」
 「なに明くん。」
 「この前の・・・バイオリンのコンクール・・・どうだった?」
 「ん?入賞したよ?」
 「そっか・・・おめでと・・。」
 「アリガト・・・。」
 ギクシャクとした会話はいつも長続きしない。
 まあ、それも当然のことだろう。
 なにしろ、この2人は付き合い始めてまだ1ヶ月と経って居ないのだから・・。
 明の方から夕方の教室というベタな場所で告白されて、それ以来毎日こうして昼になると一緒に食事しているわけだが・・・・
 一行に関係が進展することはなかった。
 なにしろ第3者から見ればもどかしくてつい怒鳴りこみたくなるような2人だ。お互いに頬を染めあい、会話とも呼べぬ会話と繰り返すだけの日々。
 その関係にもどかしさを感じているのは当然当人達も同じことだった。
 でも・・・だからこそ、瑛琶は決めたのだ。
 今年のハロウィンで少しだけでもいいからこの関係を・・・ギクシャクしてお互いに話せない程の関係を解こうと・・・。


 1
 ハロウィンというのは元々はカトリックの諸聖人の日の全晩の儀式らしい。
 古代からこの日には先祖の霊に加えて、精霊や魔女が出てくると信じられていた為、人々はジャックオランタンと呼ばれるカボチャをくり抜いて中に蝋燭を立てたモノを飾り、先祖の霊を迎え入れるのだ。
 つまり、早い話が日本で言うお盆みたいなものである。胡瓜や茄子の飾りがカボチャになって日本より少し盛大に祝うだけ・・・・。
 そして、当の10月31日。有栖川瑛琶はレンタルビデオ店に居た。
 しかし、いつもよく利用する洋画やドラマやアニメなんかの棚はスルー。
 今日の目的はビデオやの中でも一番奥の棚だ。
 いつもなら決して入ることのないその場所。
 こころなしか、そこは周囲と比べて若干薄暗いような気さえする。
 酷い恐怖心を抑えて、瑛琶は棚と向き合った。
 深く深呼吸してから棚を見る。
 そこにあるのは普段なら絶対借りることの無いDVDだった。
 「リング」「呪怨」「着信アリ」・・・・
 そこに並んでいるのは瑛琶が一番苦手としている部類のDVDだ。
 すなわち、世間一般ではホラーとか呼ばれているシリーズだ。
 では、なぜ今日に限ってそんなモノを借りようとしているのか・・・・
 それは、単に興味がいきなり湧いたとかそんなくだらない類のものでは無い。
 もちろん、明と一緒に見る為だ。
 以前、明との話をしている時に映画のことを話題にしたことがある。
 その時、明がこんなことを言っていたのだ。
 「俺さ・・・どうにもホラー映画って苦手でさ・・・ホーンデットマンションみたいにコメディー性が高いやつなら全然いいんだけど・・・
 さすがにダイレクトに怖いヤツは・・・」
 それを瑛琶の脳内で変換するとこういう図式になった。
 ホラー映画苦手な男子+ホラー映画+ハロウィンに2人きりで見る
 =明が自分に怯えて抱きついてきて、2人の距離は一気に縮まる!!
 ちょっと、自分で考えていてもあまりに幼稚で自己嫌悪に陥りそうだったが、こんなことでもしなければいつまでたっても2人の距離が縮まる気がしない。
 おまけに今日は両親も出掛けて明日まで戻って来ない。
 すなわち、格好の映画日和?なのである。
 さて、そんなわけで、瑛琶が手を伸ばしたDVDはその中でもずば抜けてパッケージが怖そう(ヤバそう)なものだった。
 「暗い黒い闇」
 数年前に爆発的ヒットとなって、今度ハリウッドでリメイクも決定しているホラー映画の代表的作品である。
 「でも・・・もし・・・怖すぎたら・・・」
 そんなことを一人で呟いていたら何処となく不安になった為、もう一本なにか借りていくことにした。
 こういう時こそ、明るいアニメ作品の出番だ。
 瑛琶の足はそのままアニメのコーナーへと向かう。
 そして、大して選びもせずに適当な作品を手に取った。
 パッケージの裏側を見る限り、どうやら推理モノらしく絵も可愛いし、何より、怖そうでは無い。
そもそも、この前、友達から無理やり見せられた男の子向けのロボットモノですらちょっと感動してしまったのだ。
推理小説なんかが好きな自分ならこの作品もきっといい気晴らしになるに決まっている。
店員に代金を支払い、瑛琶は少し飲み物や食べ物なんかを買ってそのまま家へと帰ったのである。
 

瑛琶の家は近所の周りの家と比べてもそこそこ大きい豪邸だ。
白い外壁の3階建ての本邸と春になれば数々の花が咲き乱れる大きな庭はまさに圧巻である。
そんな瑛琶の家に明が到着したのは約束の時間より10分前の午後1時20分のことであった。
重々しいベルの音が鳴る呼び鈴を押すと、すぐに瑛琶が出迎えてくれた。
「あ・・明君・・。その・・ごめんね。休みなのに呼び出したりして・・・」
「い・・・いや・・・俺も暇だったから・・・。」
見ているこっちが恥ずかしくなるような互いに頬を赤らめながらのこの喋りも今日で最後だと思うとどことなく寂しく思えた。
「じゃあ、中入って。」
瑛琶はそう言うと、自分の家へと明を招き入れた。
普通は2人でDVDを見るとリビングへ通すのが一般的なのだろうが、流石そこはお金持ちの有栖川家だ。DVDの観賞といえば、もちろんシアタールームなるモノが存在しているに決まっている。
さて、そんなわけで上映会という名の瑛琶の計画はスタートした。
「俺ホラー苦手なんだよね・・・。」
明も最初はそう言っていたが、瑛琶が見たいと言ったらすぐに納得してくれた。
「暗く黒い闇。」
その内容をかいつまんで説明するとこんな感じだ。
通り魔事件で愛する長女(18歳)を失くしてしまったある家族―主人公は母親―が都内某所のマンションに引っ越してくる。
 築年数はあるが、家族4人が住むには十分すぎるマンション。しかし、入った途端の寒気や水道水の不味さ、天井からの雨漏りや上階からの足音など、おかしな現象が次々と起こる。
 そして、ある日。初めて入った地下の物置で母親はある物を発見する。それは赤いオルゴールだった。
 誰のものかもわからないそのオルゴールを欲しがる5歳の次女の意見を無視して母親は遺失物としてそれを管理室に届ける。
 しかし、管理人はそれを断固として受け取らず、逆に「捨てて構わない」と突き返されてしまう。困った母親はそれをゴミの日に普通のゴミと混ぜて出すのだが、気が付くとその鞄は再び自分の家の地下の物置に残っていた。あの時混ぜたゴミの汚れ一つ無い状態で・・・・
 そんな中、ある事件が起こる。何と死んだはずの娘の声が聞こえるのだ。
 その後も奇妙な現象は加速していき、家族は全員新しい場所への引っ越しを考える。そして、引越しの前日の夜更け、丑三つ時。
 月の出ない新月の晩に呼び鈴が鳴る。
 こんな時間に誰だろう・・・・母親は眠い目を擦りながら玄関まで行って「どちら様?」と聞くと、「あたし」と声がした。死んだはずの長女の声が・・・。
 「お願いお母さん!!ここを開けて!!」
母親の叫び声を聞き、父親と次女も起きてきて、事情を聞く。
 「絶対に開けちゃだめだ!!」
 扉の向こうから聞こえる「開けて」という娘の声に父親は声高にそう叫んだ。
 この家の中には父親も娘もいる。
 「あなたはもう死んだの!!ここはあなたの家じゃないの!!」
 そう叫ぶ母親だが、娘は大声でこう叫んだ。
 「何言ってるの!!死んだのはお父さんと愛ちゃん(次女)でしょ!!」
 母親が後ろを振り返った時、そこに居たのは血だらけでこっちに怪しい笑顔を向ける父親と次女の姿だった。
 その後、しばらく家の中を逃げ回り、何とか玄関から脱出して、ドアの外に居た長女の手をつかむと同時に辺りが白い光に包まれた。
 気が付くとベッドの上で長女が泣き崩れていた。
 その後長女の話を聞くと、通り魔事件で父親と愛は差されてから数時間後に死亡。自分も出血多量でさっきまで重体だったというのだ。
 「もしあの時、ドアを開けずに、また引っ越していたら。」
 恐怖が身を包んだ。
 病院の真っ白なベッドの脇に置かれたテレビ台ではあの赤いオルゴールが置かれていた。
 あの時と同じように笑う父親と次女の写真と共に・・・

 
 「結構怖かったな。」
 見終わってから明はそう言って苦笑いを浮かべた。
 さて、このあらすじだけを見てどう思うだろうか?
 まあ、人それぞれだろうが、とりあえず・・。
 「・・・・」
 有栖川瑛琶にとってこれはまさしくダイレクトアタックだった。
 つまり、自身が怖いと思っているモノの頂点を極めたモノを見てしまったわけで・・・・
 「・・・・」
 そんなモノを見てしまえば大抵の人間は固まってしまうわけで・・・・
 ―カタンッ―
 ほんの少しだけ風邪で写真立てが倒れただけで、瑛琶は明の腕にギュッと捕まった。
 「えっと・・・瑛琶さん?」
 「・・・・」
 目にうっすらと涙を浮かべながら目線を合わせない様にジッと腕につかまる瑛琶に明も嬉しいような困ったような微妙な表情をする。
 「・・・」
 「・・・」
 暫くの間の後に、先に明が口を開いた。
 「えっと・・・とにかく、なんか楽しくなるようなモノ見ようぜ。なんかこう・・・・ジブリ作品的なモノないの?」
 「あっ!そうだね!!」
瑛琶は慌てて明の腕から離れてレンタルビデオ屋のケースを漁った。
 「こんなこともあろうかと、一本探偵モノ借りてみたんだ!一緒に見ようよ!」
 「おぉ、いいねぇ!!」
 そして、おそらく楽しいであろう探偵モノの時間が始まった。
 しかし・・・・
 それは瑛琶の間違いであった。
 瑛琶の間違い。それはパッケージの裏だけを見てDVDを選んでしまったことである。すなわち、彼女の借りたモノは探偵モノなどでは無い。
 では、そのストーリーとは・・・・
 「で?タイトルは?」
 「ん?えっとね・・ひぐら○のなく頃に・・・。」
 ・・・・・・
 もちろん、自由なガンダムの主人公や管理局の白い悪魔やその悪魔に一度殺されかけた超凡人や腹黒い姉上やメロンパンの化身なんかが登場して散々残虐なシーンが繰り返されるアレである。
 そして、この手のアニメというのは一度見てしまうと怖いと分かっていてもついつい結末が見たくて最後まで見てしまうモノだ。
 午後六時には2人とも「鬼隠し編」をすっかりと見終わっていた。
 「あの・・・瑛琶さん。」
 状況悪化。先程は腕だったのが、今度は羞恥心というモノも忘れて明の胸に飛び込んで瑛琶は泣いていた。
 「・・・探偵モノ・・・のはずじゃなかったのか?」
 「・・・」
 「まあ、見る前に確認しなかった俺も俺だけど・・・。」
 「・・・・」
 「あのさ・・・瑛琶・・・」
 「・・・何?」
 「俺・・・明日も朝練だから・・・そろそろ帰らないとまずいんだけど・・」
 「ダメ!!!!!!!!!!!!!!!」
 瑛琶の腕がまるで絶対獲物を逃すまいとする猛獣の如く、明の体をきつく抱き締めた。
 「で・・・でもさ・・・」
 「絶対ダメ!!今日、家お父さんとお母さんいないんだよ!!」
 「な!ならなおさら!!」
 「絶対ダメなの!!ね!?今日の夕ご飯もあたし作るし、明日のお弁当も作ってあげるから!!!お願いだから一人にしないで!!!」
 「・・・・・」



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